私が考えるセミナー理想形はWGBHが制作したJustice with Michael Sandel (日本ではハーバード白熱教室として2010年にNHKにより放送)です。この講義は、例題や実例を提示しつつ、学生との質疑応答やディスカッションの応酬まである、まさに参加型のセミナーといえます。私自身の力量でSandel教授の真似ができるわけではないのですが、ただ聞くだけのセミナーではなく、いつかこのような参加型の講義ができることを目標に、質問や議論、実習をより多く取り入れつつ、有用な情報を伝えることができたらと考えています。


日本の経済状況は明らかに悪化を実感できる状態になり、医療でもヒトの病院の過半数が赤字で、さらに獣医療でも廃業、倒産件数が2013年以降で最多となりました。したがって、獣医師は、これまでのように未来を夢見て発展をめざすこととあわせて、現実を見据えて生存戦略を構築することが重要になってくると考えています。

そして、その生存戦略のキーワードは、おそらく、ちょっと古い言葉ですが、「多様性」と「選択と集中」になると思います。動物の寿命が伸びたことと、多くの疾患は中齢期以降に発症することから、現実の診療では複数の基礎疾患を持つ動物が診療の中心ではないでしょうか?そんな症例たちには、単一の病気にたいして構築された「獣医学」や、差別化というコンサルの言葉に乗せられて始めた「劣化版の専門医療」は無力であり、病気ではなく個々の症例に視点をあわせた、多様性のある「獣医療」を行なうことが最善の方法になります。

また、獣医診療における現時点での「多様性」と「選択と集中」の具体的な最適解は「総合診療」と「外科」だと思います。一見、両者は矛盾するようですが、全身すべての臓器を対象とする点、病態を理論的に探査していく点に関して同様であり、個体の病態を追求する獣医療を行なうには両者はとても相性がいい組み合わせになります。

「The Base」ではこれからの獣医臨床で最も有効な、この「総合診療の視点を取り入れた外科学」を2年間、全20回にわたって開催していきます。人生を楽しみ、動物を助けて、加えて一定水準の獣医療を維持するための経済力をもつための生存戦略を一緒に学んでいきましょう!


2025年4月 中島尚志

あらたな情報発信のスタイルとして「まとめてみた」というシリーズをはじめます。気になって調べた事項や、論文でみつけた新情報、ヒトの医療からのtranslationなどなどを、自分なりにまとめてお伝えしていきたいと思います。ネタは完全に制作者の興味の対象で選んでいるので、臨床で役に立つものも、そうでもないものもいろいろと含みますが、基本的に、一般の獣医領域のセミナーでは聞けない内容にしていくつもりです。もし、興味のあるタイトルがありましたらぜひご覧になってみてください。


2019年11月よりあらたな外科疾患解説のシリーズとして『Fact Based Surgery』がはじまります。“事実:Factは最強のevidenceである”をテーマに、リアルワールドの実症例から、さまざまな疾患の“真実の姿”をひもといていきます。外科医以外は見たことのない、さまざまな症例の“Fact”を豊富な写真と動画で解説していきます。


新規開業希望者向けの『START LINE』は、基本手技と思考の根本を習得してもらうために、比較的(気持ちの)若い先生を対象に作成しています。現在の日本で、卒後教育の一環として手術手技の基礎を学ぶ機会はそう多くなく、勤務先で習得した事項が正しいのか?それだけでやっていっていいのか?という不安を感じる先生も多いと思います。そんな先生方のために手術に関する最低限の知識を得るための講演と、確実に手技を習得してもらうための実習を組み合わせた2年間のコースとしています。


もっとも基本的な講演は『外科疾患の取り扱い説明書』として作成しました。手術治療を必要とする疾患を対象に、手術治療を中心に、疾患概要、診断、内科治療などを臨床の先生方が有効に対処できるようになるための情報としてまとめました。一般には、獣医学の知識は米国の情報を基に学習することが有効と考えられており、実践している先生方も多いと思います。ところが、米国の臨床医は、外科疾患は専門医に紹介する手法をとっており、比較的難易度の低い診断、治療、手術も行わないことが多いようです。そのために、米国には臨床医がスキルを積んで徐々に難易度の高い外科疾患に対処していくというコンセプトが欠落し、書籍や情報もごく基本的な疾患の理解やインフォームドコンセントに使うレベルのもの(Small animal surgery FossamやMosby Small animal surgery など)と、専門医あるいは専門医を志す獣医師のレベルのものに分かれます。先生方の手元にある洋書、訳本のほとんどが、情報が不十分でそのままでは本格的な治療に使えない、あるいは難しすぎてわからないというのが現状かと思います。ここでは、日本の臨床医の現状をふまえて、実際に使える教科書レベルの情報をお伝えしたいと思います。


講演を聞いて、あるいは本を読んですぐ手術ができるのはよほど怖いもの知らずの馬鹿か一握りの上級者だけだと思います。「THE TECHNIQUE」は常識ある一定レベルの先生方に、実際に手術ができるような講義とテキストを目標に作成しました。手術の前に、あるいは手術中に読むためのテキストでもあります。ここでは、何をするか?だけではなく、どうするか?を中心に、手術手技をどんな本や講演よりも詳しく、徹底的に解説します。


セミナーごとにテキストを配布しますが、それはあくまで効率よく学ぶための参考書と考えてください。学習にはやはり教科書が必要です。獣医外科学はまだまだ不完全な学問であり、完璧な教科書は存在しませんが、現時点でもっとも推奨できる書籍は、外科全般では “Veterinary Surgery Small Animal” です。訳本であれば、かなり古いですがこの本の前の版に相当する“スラッター小動物の外科手術”が唯一、信頼に足る書籍です。臨床で外科診療を行うには必須の書籍と考えてください。セミナーの前後に、該当する部分を読んでいただけたら幸いです。

この本を基本的な情報源にすることによって劣悪な情報から自分を守ることもできます。仕事柄、外科関連講演の抄録や日本の商業誌のチェックを時々しますが、噴飯ものの情報も少なくありません。セミナーの質問でも「〜先生がこう言ってたんですが…」「それはでたらめですから忘れてください!」という掛け合い?はお約束です。セミナー数の増加やネットの利用など、情報の絶対量の増加に伴い、これら不適切な情報とそれを信じる残念な先生も急増していると感じています。情報を吟味するための情報原としてこの書籍は必携と考えてください。